会長挨拶

 教育とケアのホリスティックな出会い ―― 包摂、対話、同源

 

 2017年6月、20周年を迎えた「日本ホリスティック教育協会」の研究会員部会を母体として、「日本ホリスティック教育/ケア学会」が誕生しました。そして、第20号までを公刊してきた『ホリスティック教育研究』も誌名を更新し、『ホリスティック教育/ケア研究』を発刊する運びとなりました。記念すべきその最初の号を、ここにお届けします。
「日本ホリスティック教育/ケア学会」を創設した趣旨については、本号の後続の頁に「創設趣意書」を、それを確定した創設大会の記録とともに掲載しています。これを起草したのは、30歳代から40歳代にかけての次の新たなステージを担う研究者たちです。そこには、真摯な時代の課題への応答と、学術的な責務の自覚が語られています。これまでのホリスティック教育ムーブメントの到達点を継承しつつ、さらに信頼性の高い「学知」にまで洗練していくため、「学会」としてのスタートを期したその息吹を感じ取ってもらえれば幸いです。

 さて、趣意書の冒頭で記された本学会の目的は、「教育やケアへのホリスティックなアプローチ、およびホリスティックな志向を持つ教育やケアに関する研究を進め、深めること」です。ここには、「ホリスティック教育/ケア」が研究の方法論的な概念であり、かつ研究対象を指示する概念であることが含意されています。そして、その方法や対象を形容する「ホリスティック」というコンセプトに関しては趣意書で概説され、また、多岐にわたる研究課題も多声的に例示されていますのでご参照ください。他方そこでは、「教育やケア」という際の「ケア」と「教育」の関係のあり方については明記されていません。この点については、一義的な規定を急がず、学会創設後の共同研究のプロセスのなかで、ご一緒に探求していきたく思います。ここでは、どのような必然性をもって「ケア」を加えることになったのか、少し振り返ってそのストーリーを紹介しておきます。

 

1.(包摂) 教育を全人性と包括性において捉えるホリスティック教育の実践と研究において、従来から「ケア」や「ケアリング」の次元には高い関心が寄せられ、その研究に貢献してきました。ジョン・ミラー著『ホリスティック教育/いのちのつながりを求めて』(訳書は1994年、春秋社)でもケアリングが特筆され、日本ホリスティック教育協会の『季刊ホリスティック教育』創刊号(1996年)の特集は、実に「人間と教育の原点=ケアリング」でした。「ケアリング教育学」の創始者で北米の教育系学術学会で要職を歴任したネル・ノディングスは、「ホリスティック教育」への惜しみのないエールを送り続けています(――早くは1997年の第1回ホリスティック・ラーニング国際会議基調講演、近年では、ジョン・ミラー著『Teaching from the Thinking Heart: The Practice of Holistic Education』(2014)への序文)。たとえばまた、『ホリスティック臨床教育学』(2005年)でケアについて一章を設けて詳述した中川吉晴(本学会副会長)は、立命館大学大学院応用人間学研究科(当時在職)に本邦初の「ケアリング研究」という授業科目を設置し、教育系のみならず看護系や福祉系の現職社会人院生が毎年30名近く受講しました。
教育をホリスティックに捉えたとき、そこにケアの領域が必然的に包摂されます。逆に言えば、近代の学校でのティーチングを中心にすえた教育学の視野の狭さを開いて、ケアリングやヒーリングの次元までを包み込んで深めていくところに、「ホリスティック教育」の大切な役割があったわけです。

 

2.(対話) こうして、人を全人として支援する多様な職種の人たちが、「ホリスティック」というコンセプトに引き寄せられるようにして集いはじめました。阪神淡路大震災のあと「心のケア」をキーワードにして支援活動を行った大阪YWCAは、関西でのホリスティック教育の一つの拠点でした。心理療法や保育・子育て支援、障がいを持つ人たちとの共育――共同作業所「ぴぐれっと」のドキュメンタリー監督の伊勢真一さんと『弱さの力』の鷲田清一さん(大阪大学元総長)を招いたシンポジウム(日本ホリスティック教育協会主催)は2003年に開催されています。そして、2009年には、ホリスティック教育ライブラリー第9巻『ホリスティック・ケア――新たなつながりの中の看護・福祉・教育』(せせらぎ出版)を公刊。この副題のとおり、領域横断的なつながりの中で、多様な職種の執筆者を得ました。『ケア学』を提唱した広井良典さんからも玉稿をいただきました。
 このように日本ホリスティック教育協会の時代から、学校教育関係者に限らず、ウイングの広い人間支援の隣接領域の会員が集い、対話を重ねてきました。「地域包括ケア」や「チーム学校」(カウンセラー、ソーシャルワーカー、保健師など)が政策化される多職種協働の時代を、「ホリスティック」という概念を共有することで先取りしていたのだとも言えます。こういった内発的な展開の必然的なエネルギーが、「ホリスティック教育/ケア」の新学会を誕生させました。本学会とその機関誌では、以前にも増して広くケア領域でのホリスティックな研究を歓迎し、既存の専門学会では容易でない異分野をクロスオーバーした出会いと対話の場を創出したいと願っています。

 

3.(同源) こうした異なる分野の間の対話によって、教育やケアと呼ばれる事象を、生の根源にまで遡って探求する人間理解が深まっていくことでしょう。人が人を支え育み教え癒し看取りながら、共に生を全うしていく営み―そういった生きられる現実のなかにあっては、「教育」や「ケア」は区分されることなく埋め込まれています。「ホリスティック」概念の水平方向への広がり(wholeness)だけでなく、垂直方向への深まり(holiness)。その観点からは、教育もケアも、それがそこから立ち上がりそこへと還っていく生の根源にまで遡って理解されることになります。どちらも、その区別が分節される以前のいのちの全体性に根ざした生の営みです。人間にとって教育やケアとは何か、教育やケアにとって人間とは何か、という双方向からの問いを往還的に深めていくとき、教育学や看護学や福祉学といった専門職領域に依拠した学問体系とは別のところに、より統合的な人間学、いわばホリスティックな人間学が成立してくるように予感します。ホリスティック教育の研究大会を子ども家庭福祉学会と共催(2012年6月)したり、統合人間学会と共催で看護学からの発表が並んだ本学会の第1回フォーラム(2018年1月)を開催したりといった試みを、今後も積み重ねていきたく思います。


 新しい学会の名称は、「教育/ケア」と半角スラッシュで微妙に切り結んだ表記となっています。その意味合いは、まだ未確定、生成途上にあります。むしろ、人間という存在そのものが未決定で開かれた存在であるように、あるいは対話がどこまでも完結しない問いを生み続けるプロセスであるように、人間の根源にまで遡って教育とケアの関わりを問い続けるのが、本学会のミッションであるのでしょう。
 皆さまには、このような新しい領域を開拓しようとする本学会のチャンレジにご賛同下さり、共に探究の道を歩んでくだされば幸いです。以上、新しいスタートにあたり、学会を代表しまして、ごあいさつ申し上げます。

 

  日本ホリスティック教育/ケア学会 会長 吉田敦彦(大阪府立大学)

 

*日本ホリスティック教育/ケア研究 2018年第21号 巻頭言より